考察
①西松問題が影響をしている。
自民・民主ともに同じ穴のムジナで、争点にはならなかった。 しかしながら、
無党派層にとっては、心理的影響、どっちもどっち と言う選択になった。
②揺り戻し
無党派層にとっての 『どっちもどっち』は揺り戻しとなって、自民に有利に働いた。
③争点ぼかし
経済活性化や、企業誘致を主張。 全県政への批判で票を集めた。
④県民党?
反寺田(自民、社民、連合)
ここでも、何か変えてくれると言うイメージが浸透した。
⑤日本共産党への支持
手堅い組織票以外の伸びはなかった。
なぜ、はじきとばされたのか?
秋田県民にとっての要求は何だったのか?
地域振興だったのか? 農業政策だったのか? 医療福祉だったのか?
教育問題だったのか? 前県政への評価だったのか?
残念ながら、そのあたりが よく見えません。
(以下は、河北新報の記事の引用です。他のメディアよりは詳しく書いています。)
選挙戦では、景気・雇用対策や寺田典城知事の3期12年の県政の評価が争点となった。
佐竹氏は企業誘致や経済活性化を図ると強調。トップダウン型の寺田県政からの転換を訴え、現県政への批判票を集めた。「反寺田」を鮮明にした自民、社民両党のほか、連合秋田の推薦を取り付け、超党派の県議27人の支援も得た。
全国市長会長を務めた知名度の高さを武器に、選挙戦を終始、優位に展開。政党色を薄めて「県民党」を前面に出し、幅広く浸透した。今回と同様、新人4人が争った1997年の知事選で、寺田知事に敗れた雪辱を果たした。
寺田知事から事実上の後継指名を受けた川口氏は、小坂町長時代の実績を基に環境・リサイクル産業の振興を掲げ、寺田知事が進めた行財政改革や情報公開の徹底を主張した。元農相の野呂田芳成衆院議員(秋田2区)や自民党県議の一部の支援も受け、佐竹氏に迫ったが、知名度不足が響き、無党派層や県南の支持を固め切れなかった。
佐藤氏は前回に続く挑戦で、草の根的な運動を展開。農業再生や教育・子育て支援の充実を唱え、県南で健闘したが、広がりを欠いた。
藤本氏は、中小企業と農林水産業の振興を訴えたが、共産党支持層以外に浸透しなかった。
◎秋田県知事選開票結果(選管最終) 当日の有権者数は92万6008人。
当 291,150 佐竹敬久 無新
234,340 川口博 無新
77,178 佐藤正一郎 無新
15,991 藤本金治 共新 (以上 河北新報)
地方政治は、その地域によって、様々な状況が違っています。
既成の政党、グループから見ると ねじれ的な要素も見受けられます。
しかしながら、千葉、秋田に共通して見られること、はまがりなりにも、『市民運動』らしき形態をとっていることです。
閉塞的な政治家不信の状況の中で、無党派層を 『市民運動』的な動きの中で 巻き込んでいるのが特徴ではないかと感じています。
千葉に引き続き、皆様のご意見をお寄せください。
よろしくお願いします。 (T)