ポラリス-ある日本共産党支部のブログ

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あさのあつこさんが共産党応援!

岡山県美作市に住む作家 あさのあつこさんが共産党のホームページににある「だから私は日本共産党」に出ている。

言葉を選びながら実直に喋っている。

こんな感じ・・・・

田舎は衰退をもろにかぶり、経済の的には疲弊し私たちはぎりぎりの所に来ている。
明日を憂うことなく暮らせるようにしてほしい。
子どもたちがまあしあわせじゃないと言えるような日本にしてほしい。

こんなに私たちに近い政策なのになんでこんだけなのという感じがある。


でも今こんな日本ではだめだと9割の人が思っている。
共産党にも目が向いている。

譲るべきところは譲り、守るべきところは守り是非私たちの為に頑張ってほしい

母の尊敬する先生に共産党の人がいた。

市議にも知っている人がいるが共産党の人はぶれない所がすごいと思う。


このyoutubeに対しこんなコメントがありました。

myunmyunk (4 日前)

「バッテリー」の中で、空気やにおいまでが感じられるような描写 を繊細に描いているあさのさんが、
ていねいにことばを選びながら 述べているのに、元気づけられました。

ではそのyoutubeです。


だから私は日本共産党/作家/あさのあつこさん


御参考

お気に入りイイコトバ †

* この世にはおれにしかできないことが必ずある。
そして、おまえにしかできないことも、必ずあるんだ。
(ヴィヴァーチェ 紅色のエイ、あさのあつこ) »夢と目標

* 決めつけちゃ、だめだよ。
決めつけちゃ、何も見えなくなるもの。
決めつけてしまったら、そこから一歩も動けなくなる。
何も知らないくせに、何も知ろうとしなくなる。
(ありふれた風景画、あさのあつこ) »人間の弱さ

* 突出した才能を持って生まれたということは、
幸福なことでも恵まれたことでもない。
才能自体にふりまわされ、追いこまれ、
人間として成熟しないまま、潰れていく。
そんな危うさを抱え持って、
生きていかねばならないということなのだ。
(バッテリー5、あさのあつこ) »才能と努力

あさのあつこ作品のイイコトバより

あさのあつこ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あ さ の あ つ こ 同 盟
(k)

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岩田正さんの塚本邦雄論

11月3日文化の日の赤旗文化欄の月曜インタビューは歌人の岩田正さんだった。
塚本邦雄の前衛短歌を評価するものだった。

 炎天の河口にながれくるものを待つ晴朗な偽ハムレット

塚本のこの歌を紹介してこう述べている。

「直接的な感情を出さず、モノに仮託して表現するという前衛短歌の技法は斬新で新しいものでした。」


モノに仮託して表現するというのは前衛短歌の独自の技法ではなく短歌の基本的な技法だと思います。
また

 平和と平和祭の距離、干しならべたるゴム手袋がびらびらと生く

 五月祭の汗の青年 病む我は火の如き孤独もちてへだたる

という二首をあげ
時代とか人生を内側からとらえて、つねにシニカルに社会や伝統を見据え、「西洋的美学」の立場から批判しており、(この部分は「 」がないので
赤旗記者の澤田勝雄さんの文章のようだが)「誤解されやすい。でも私はひどくひかれてきましたね」
と述べている。

どうも岩田さんはかなり誤解のされやすい歌を選んだようだ。

塚本邦雄が今の民主主義的短歌の目指す物とは私にはとても思えない。

むしろ塚本邦雄と彼の文学を批判しきる「野蛮な情熱」を持たねばならないと書いたら岩田さんにぶん殴られるだろうか?
いや

 われテレビ見る間も妻は物をかくともに疲るる夜の一二時

と岩田さんに歌われた馬場あき子さんの方が怖そうだ。

夫婦同じ方向を向いている夫婦の妻はだいたいすごく強い。

怒られそうなことを書いたので埋め合わせに下記集会の宣伝もしておきます。


集会名:輝け憲法九条~文化のつどい「芥川龍之介・寺山修二を語る」
日時:11月27日(木)午後1時(働いている人は行けないですね)
場所:川崎市・麻生市民館大ホール
講演・小森陽一(東大教授)岩田正(歌人)
参加費:500円
主催:万葉九条の会

以上
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『蟹工船』執筆に協力した乗富道夫

『蟹工船』については、これまでも何度か書いたが、2月23日付けのしんぶん「赤旗」の「聞きたい、知りたい」コーナーに以下のような記事が載りました。

お読みください。

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『蟹工船』執筆に協力した乗富道夫とは?
             2008年2月23日(土)「しんぶん赤旗」


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 〈問い〉 小林多喜二の『蟹工船』執筆に協力した乗富道夫という人がいると聞きましたがどういう人ですか。(東京・一読者)

 〈答え〉 小林多喜二が1921年小樽高商に入学した時、樺太から年長の乗富(のりとみ)道夫が同期生として入学してきます。二人は学内の近代劇研究会に属していました。乗富は多喜二がマルクス主義に興味を持ち始めたころにはすでにマルクス主義の立場をとっており理論的には多喜二をリードしていました。

 乗富は卒業論文に「共産党宣言」の英独語版翻訳を提出し教授会ではそれをめぐって紛糾したといわれています。

 24年、二人は小樽高商を卒業し、多喜二は小樽に残り、乗富は安田銀行函館支店に勤務します。そこで乗富道夫は政治研究会函館支部結成に参加、労農党に入党、労働組合の闘争支援を行い、活動家の資本論学習会のチューターをつとめます。さらには野呂栄太郎の主宰する産業労働調査所の函館支所長として労働者教育や調査活動を進めていました。蟹工船の実態調査などもその一環として進めていました。

 一方、小林多喜二が北洋漁業、とりわけロシア領海近くの蟹工船での漁夫虐待事件やあくどい搾取の実態に関心をもち始めるのは27年です。前年の新聞報道により蟹工船の実態が赤裸に暴露されたことに触発されたからです。銀行の友人たちの協力で新聞の切り抜き作業を行ってもいました。

 当時、多喜二は拓銀で働くかたわら磯野小作争議や港湾労働運動支援を続けていました。そこに函館から応援に来ていたメンバーから函館の安田銀行にいる同期生の乗富道夫が蟹工船に関する詳しい調査を行い、その資料をもっていることが伝えられたのです。こうして多喜二は函館の乗富と3年ぶりに再会し、その協力のもとに蟹工船の実態のより正確な情報、資料を入手できたのです。

 こうして乗富の調査・研究協力が多喜二の『蟹工船』の執筆に大きな役割を果たしたのです。

 『蟹工船』は、雑誌『戦旗』の1929年5、6月号に発表され全国的な反響を呼び起こしました。

 その後、乗富は、労働争議支援のため再三にわたり検挙されます。そのため、銀行を解雇され、特高警察からもマークされ函館での活動の場を奪われ、多喜二と前後して上京します。そして計理士(公認会計士の前身)として生活していきます。活動の状況はよくわかっていませんが、多喜二の虐殺遺体が杉並・馬橋に帰った33年2月21日夜、寺田らとともに枕辺に駆けつけていることからみて、上京後も多喜二との連携を保っていたことは確かです。多喜二の死の数年後、乗富は肺結核で病没しました。(登)

 〈参考〉藤田廣登『小林多喜二とその盟友たち』(学習の友社)

 〔2008・2・23(土)〕


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若者たちはいかに 「蟹工船」 を読んだか

 2月8日付けの、日刊しんぶん「赤旗」に
若者たちはいかに 「蟹工船」 を読んだか
という記事が掲載された。

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 残念ながら、Web版には掲載されていないので詳しくは紹介できないが、
主な部分をキーボード入力で紹介したい。

 このほど【『蟹工船』読書エッセーコンテスト】が行われ、
25歳以下対象の【U25】部門と、
年齢制限なしの【ネットカフェ部門】の二つの部門で募集し、
百件を上回る応募があったとのこと。


 全体として力作ぞろいの応募作の中で、U25部門、ネットカフェ部門ともに、それぞれの最高賞を受賞したのは、女性の労働者の手によるものだった。
 どちらも虚無感に満ちた現実世界野中で労働し、生活する人たちの悲しみと絶望、出口のない閉塞感といった深刻な問題を直視し現実の労働現場の状況と「蟹工船」の世界を対照させながら、言いたいこと、語りたいことをぐいぐいと主張してくる、訴える力の強い作品である。
 切実な内容と文体でこうした感想を筆者達に書かせたということそのものが、やはり社会的なしわ寄せを受けやすくなっている女性労働者たちの現実状況を反映しているのだろう。 



 若い女性の感性もさることながら、彼女らが「蟹工船」を読んでみようとしたきっかけの方により興味を引かれる。
 おそらく、感想文を読めば、そのあたりの経緯が解るのだろうと思う。

 
 U25部門で準大賞をを分け合った二つの作品は、それぞれ中学生、高校生の手による、みずみずしい感性を示す感想である。
 ・・・その切り口も書かれている文章の文体も、実に心打たれるものだった。
 高校生の受賞作に、日本の現状を振り返りながら、「本来なら他の国の人達にも誇るべき日本人の温厚さが近年の色々な問題を引き起こしてきた一つの要因になっているとしたら、とても嘆かわしい事である」と述べてあるところなど、そのしっかりした思考に敬服させられた。
 



 私たちが高校生の頃は、日本史か現代国語かなにかで、一般論として「蟹工船」やナップについてさらっと習った気がするが、本文が教科書に掲載されてはいなかったと思う。
 教科書検定の右傾化のもとで、「蟹工船」が教科書に掲載されているとは思えないので、中高生がどのようにして「蟹工船」との接点を持ったのかにも興味がある。

 
 二つの部門を通じて、論点として特徴的だったのは、「蟹工船」の世界は昔のことではなく、今起こっていることであるとする点、そうした中で「団結」の意味を認識したという点だった。
 それもただ単に虐げられた労働者の「団結」の必要性をいうだけでなく、さらに突っ込んで、現状の中での「団結」の困難さと、それを打開する意志を表明したものが目立ったことは、「蟹工船」が今日の時代野中で、現実に生きている若者たち、労働者たちの間に、どのような具体性をもって読まれていかを端的に示したものだといえるだろう。 
 



 この団結の困難性とこれを打開する努力と意志という問題は、現在の労働運動の重大な課題だと切実に感じているので、是非この受賞作を読んでみたい。
 私も、職場の若手に労働組合の話をしてみたが、
「考え方や生活が多様化している中で、要求も様々であり要求をまとめることは不可能だ」
との話となり、これに対して説得力ある応答ができなかったことがある。
 一般的な労働運動論は勉強しているだけでは若者の意識に感銘を与えられないことを痛感したものであった。


 今年は多喜二生誕百五年、没後七十五周年にあたり、各地での「多喜二祭」も盛り上がりをみせている。
 まさに多喜二の描いたものが、時代を超えて、今日の資本主義社会の実相を浮き彫りにしているからではないかとの思いを、一層深くする結果であった。
             <コンテスト審査員・選考委員長 島村 輝 女子美術大学教授>
 



Web版でも掲載されているので、もう一度「蟹工船」本文を読んでみたいと思う。
【Web版】は、ここをクリック

『マンガ蟹工船』を無料公開!!

【『蟹工船』読書エッセーコンテスト】は、ここをクリック


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【選考会詳細】 は、続きを御覧ください。

【他にもWeb版で読める多喜二作品】

「一九二八年三月一五日」

「不在地主」

「工場細胞」
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小林多喜二作品の意義を話し合う 16日・秋田で

 東北を中心に発行されている河北新報配信の記事で以下のようなものがあったので御紹介します。

引用
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小林多喜二作品の意義を話し合う
    2月16日・秋田で催し

 「蟹工船」などのプロレタリア文学で知られる大館市出身の作家小林多喜二(1903―33)の業績をたたえようと、「秋田県多喜二祭」が16日、秋田市の県生涯学習センターで開かれる。

 作品全集になく、あまり知られていない多喜二が17歳の時の作品「老いた体操教師」を朗読した後、翻訳家の李貴源さん、出版社社長の李相※(日の下に火)さんの韓国人2人を招いてパネル討論する。

 2人は韓国がまだ軍事政権だった1987年、「蟹工船」「党生活者」などをハングル語に翻訳、出版した。討論は「民主化闘争の中で息づいた多喜2の文学」と題し、出版の意義や多喜二作品への思いを話し合う。

 実行委員で、パネル討論にも加わる民族芸術研究所(仙北市)の茶谷十六前理事長は「反日感情の強い韓国で蟹工船が翻訳されていたのは驚き。韓国人が多喜二文学のどこに感銘したのか興味深い」と話している。

 午後一時半から、参加費は資料代1000円。連絡先は実行委事務局018(833)3117。

                       河北新報  2008年01月31日木曜日
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 なお、小林多喜二の文学については、不破哲三さんも、2月26日に講演を予定しており、その計画について、しんぶん「赤旗」紙上で対談しています。
(残念ながら、しんぶん「赤旗」Web版にはUPされていませんでした。)
 この催しの詳細は、
【小林多喜二没後75周年 杉並・中野・渋谷 多喜二祭20周年】 
  を御覧ください。 【続き】にも掲載しています。
 日  時:2月26日(火) 18時オープニング 開演:18時30分
 会  場:杉並公会堂大ホール
 (ポラリス 『東京特派員』 から、追ってレポートがあるものと思います。)

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               ☆☆☆☆☆☆☆
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蟹工船

蟹工船については、以前紹介した。
ここをクリック

今日(1/21)の、しんぶん「赤旗」では、 【ゆうPress】 の欄で紹介していた。

以下、引用です。
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ゆうPress
今、ここにある「蟹工船」
小林多喜二 命懸けたメッセージ

                       2008年1月21日(月)「しんぶん赤旗」


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 「おい、地獄さ行ぐんだで!」―。この一節で始まる小林多喜二の「蟹工船」(1929年)が今、若者の間で新たな読み継がれ方をしています。今年は日本共産党員でプロレタリア作家の小林多喜二生誕105年・没後75周年に当たります。75年のときを超え、多喜二は現代の青年に何を語りかけるのでしょうか。平井真帆

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「自分と同じ」若者が愛読 初版完売
 2006年から2007年にかけて、『30分で読める…大学生のための マンガ蟹工船』(東銀座出版社)、『まんがで読破 蟹工船』(イースト・プレス)が相次いで出版されました。

名前は知ってる
 いずれも売れ行きは上々。東銀座出版社によると、初版の5千部は1カ月ほどで完売。「若い読者を中心に」広く読まれ、現在3刷を数えています。

 埼玉県在住の鈴木秋男さん(24)=仮名=は昨年、『マンガ蟹工船』を買って読みました。それまで多喜二については「名前だけは知っている」程度。

 鈴木さんは常に2、3の仕事を掛け持ちしています。仕事先でひざの半月ばんを割るけがをしたときには、収入が途絶えました。

 働いても働いても、お金が残らない。「蟹工船」を読んで、「形は違うけれど自分たちも搾取されている。自分と同じだ」と思いました。

 「搾取される側の人たちが自分たちを守るために立ちあがる。一度失敗するけれど、そこからまた立ちあがる」。そんなシーンが印象的で、1年たった今でもよく覚えています。

海外からも応募
 昨年末、懸賞総額200万円をかけ、25歳以下の「『蟹工船』読書エッセーコンテスト」が開催されました。

 「多喜二が『蟹工船』を書いたのが26歳のとき。多喜二の同世代に読んでみてほしかった」。コンテストを主催した白樺文学館多喜二ライブラリーの佐藤三郎さんはこう話します。

 結果は近日ホームページ上で発表される予定ですが、約120人の応募者の中には、フランスの高校生や中国の大学生など、海外からの応募も多数あったといいます。

 選考委員会委員長の島村輝さんはコンテスト全体を通しての特徴を、「『蟹工船』の世界は昔のことではなく、今起こっていることであ」り、「『団結』の困難さと、それを打開する意志を表明したものが目立った」と、評しています。

 人を人として扱わない奴隷労働がつぶさに描かれた「蟹工船」を、「自分と同じ」「よくわかる」と語る現代の青年たち。「団結し、立ち上がろう」と呼びかける多喜二の命を懸けたメッセージが時代を超えて再び、彼らに響いているのです。


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「蟹工船」って?
は、【続き】をお読みください。
【“蟹工船”の続きを読む】

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「蟹工船」は実際にあった話なの?

今日のしんぶん「赤旗」Q&Aコーナー「知りたい・聞きたい」は、
小林多喜二の「蟹工船」についてです。

お読みください。
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                      2007年12月8日(土)「しんぶん赤旗」

「蟹工船」は実際にあった話なの?

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 〈問い〉
 小林多喜二の『蟹工船』を読んで「いまの青年の働かされ方も同じだ」という声がでたそうですが、私も何十年前に読んだ記憶ですが、場面のリアルさが胸に焼き付いています。あの小説はモデルがあったのですか?(東京・一読者)

               kanikousen02.jpg

 〈答え〉 
 小林多喜二の小説『蟹工船』は、1926年(大正15年)に北洋漁業の蟹工船漁業のなかで実際に起きた事件が題材につかわれています。
 蟹工船は、底刺し網でとったカニを加工して缶詰にする、移動缶詰工場のような船です。
1920年ごろから始まり、25年ごろから大型船に代わってゆき、26年には12隻、27年には18隻に急増し、乗り組みの漁夫や雑夫(ぞうふ)の数も27年には4000人をこえています

 蟹工船の労働条件はひどく、監獄部屋制度の奴隷労働が強制されていました。
26年には、蟹工船の博愛丸と英航丸での漁夫や雑夫の虐待事件が表面化し、「小樽新聞」や「北洋タイムス」がくわしく報道していました。

 多喜二は、執筆にあたり、函館にあった漁業労働組合の人たちや停船中の蟹工船の漁夫とも直接会い、話を聞き、新聞記事や資料を収集、小樽の海員組合員から航海生活のくわしい聴取をおこなうなど、かなり長期にわたる調査をつづけ、ノート稿を残しています。

 「蟹工船」のはじめの章に、函館を出航してカムチャツカヘ向かう博光丸が、暴風雨にあって沈没する秩父丸の救助信号をうけたのに、監督の命令で見殺しにする場面がありますが、これは実際にあったことです。

 秩父丸は26年4月26日、北千島の幌莚島沖で暴風雨のために座礁し、乗組員170人が遭難しましたが、近くを航行中の英航丸などが救助信号をうけながら救助に向かいませんでした。
「小樽新聞」は、「秩父丸の遭難に醜い稼業敵、救助信号を受けながら知らぬ顔の蟹工船」(5月6日号)と、糾弾しています。

 博愛丸や英航丸での虐待事件についても「この世ながらの生地獄」という見出しで、こう書いています。

 「…病のためうんうん唸(うな)っている内田を…旋盤の鉄柱に手足腰を縛(しば)りつけ、胸には『この者仮病につき縄を解くことを禁ず 工場長』とボール紙に書いたものを結びつけ、食物もやらず…加藤と云う雑夫は同じく仮病と見なされ、…ウインチに吊(つ)るされ、空中高く吊るし上られて、船がローリングするためにぶらりぶらりと振り動く度に『あやまった、あやまった、助けてくれ』と悲鳴をあげて泣き叫ぶにも拘(かかわ)らず、鬼畜に等しき監督等は『斯(こ)うして一般の見せしめにするのだ』と快よげに嘲笑(あざわら)い、…一日の間一杯の水一食の飯も与えず虐待し…」 (小樽新聞)

 秩父丸を見殺しにした英航丸でも、虐待に耐えかねて4人が脱走をはかり、監督たちが鉄の蟹かきで半殺しにします。英航丸では、この事件がきっかけに自然発生的なストライキが起きています。小説の船名・博光丸名は、この博愛丸と英航丸からとられています。(喜)

 〈参考〉手塚英孝著作集第2巻「『蟹工船』について」、小林多喜二全集第2巻「解題」

                       〔2007・12・8(土)〕 しんぶん「赤旗」
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【関連情報】 ポラリス調査

Webで読める「蟹工船」を見つけました。
(全文のようです。A4サイズ58ページ程度・プリンター設定でページ数は異なります)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000156/files/1465_16805.html

Wikipediaの解説は、ここをクリック

白樺文学館「多喜二ライブラリー」から
【30分で読める大学生のための『マンガ蟹工船』 藤生ゴオ・画】
 がWeb上で無料公開されています。ざっと見ましたが力作です。
御関心のあるかたは、ダウンロード用ページへ。 ここをクリック

また、原作や上記の『マンガ蟹工船』を読んでの、「蟹工船」読後 「エッセーコンテスト」 (読書感想文コンクール)も小樽商科大学主催で開催されていたようです。
 ここをクリック
応募は11月15日締め切りとなっていますが。

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峠三吉 『原爆詩集』最終草稿が初公開

『原爆詩集』最終草稿が初公開
峠三吉、推敲重ねた41枚
広島・原爆資料館

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         2007051614_02_0.jpg
   (写真)原爆資料館で初公開された峠三吉の最終草稿=15日、広島市中区

 「にんげんをかえせ」の言葉で知られる共産党員詩人の峠三吉が代表作『原爆詩集』の刊行直前に書き記した最終草稿が十五日、広島市中区の原爆資料館で初公開されました。八月二十日まで土、日を除き、東館地下一階の情報資料室で展示されます。入場無料。

 おいの峠鷹志さん(68)=東京都足立区=が自宅に保管していた原稿や書簡が昨年十一月に見つかり、原爆文学資料を収集している「広島に文学館を!市民の会」(代表=水島裕雅広島大名誉教授)の会員が今年一月、上京して預かり、同資料館に展示を申し入れていたもの。同会によると、同資料館が文学資料のまとまった展示をするのは今回が初めて。

 最終草稿は、B4判のわら半紙四十一枚。詩に赤ペンや鉛筆で推敲(すいこう)を重ねた跡が多数あり、原爆の非人間性を訴えようとする峠三吉の心境の変化が読み取れます。冒頭に赤ペンで書き込まれた散文詩「これらのことばは/予言のうただろうか?/これらのうたは/前兆のことばだろうか?」は削除し、「命を失った人」を「命を奪われた人」に書き直しています。

 米国の占領下で言論統制が厳しかった時代に、峠三吉が書いた日記のコピーなど関連資料も並べられ、朝鮮半島での原爆使用が危ぐされた時代背景や『原爆詩集』の成立過程をたどることができます。

            2007年5月16日(水)「しんぶん赤旗」

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